月別アーカイブ: 2014年7月

おじさんに捕まって

おじさんに捕まって(2014年6月21日~23日)

泊めてもらった翌日、次の町ラシュトへ向けて出発しようとするも、
「1週間くらいゆっくりしていきなさい」と引き止められてしまった。

「いや~ゆっくりしていきたいのだけど、先を急がなきゃいけないから」となんとか説得して、どうにか出発することに。
妹さんはアヒルを庭で飼っているらしい。アヒルのかわいさと妹さんのかわいさが微笑ましかった。

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どうにかこうにか出発。日本人をもてなしてくれる人がいると有名なフーマンを目指す。

が、しかし、またイランの親切に捕まってしまう。

35kmほど走ったところで、恰幅のいいおじさんに止められた。
話を聞いてみると、どうもこのおじさんもサイクリストで、去年(!)日本を走ったことがあるという。
半信半疑の中、ランチを食べないか?ということだったので、おじさんの家に行ってみることにする。

おじさん家は、出会った場所から更に10kmほど先にあり、一度別れてから再合流するのに苦労した。
レズバンシャールの町から少し走った所にあり、普通の一軒家。
奥さんがたっぷりのバターライスとおかずを出してくれた。

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パソコンを見せてもらうと、日本の風景とおじさんが写っている。どうやら話は本当らしい。
「日本を縦断した」、ということはなさそうだけど、柏(イラン人のペルシャ絨毯商がいるらしい)の写真がでてきた。「日本は最高だった。」とおじさん。

さて、話も伺ったし、ご飯も頂いたし、出発しようとすると、お得意の引き止め工作。
「1週間くらいゆっくりしていけばいいじゃないか」と今朝もどこかで聞いたようなセリフ・・・。

たしか初めは「ランチでもどうだ?」という話だったはずが、いつのまにか「1週間のホームステイ」に変わってしまう、イランマジック…。


うーん。まぁ時間も遅くなってしまうし、「今日は泊めてもらうか」ということで一泊させてもらった。
夕方頃、「ちょっと親戚の家に飯を食べに行くからこないか?」というので、ついていく。

車で少し走って降ろされる。建物の中に入ると、偉そうなおじさんが3人英語を話している。
「ここが親戚のうちかな?」なんて思っていると、どうも違うらしい・・・。

実はここは英会話学校だったらしく、いきなり女子クラスの授業に放り込まれて即席講師になってしまった・・・。英語は全然喋れないのだけど、「イランの若い女の子が世界を、自分の国をどう感じているのか?なぜ英語を勉強しているのか?」などなど疑問がいっぱいあったので、この機会にぶつけてみることにした。
初級クラスのため、僕の拙い英語すら難しかったみたいで、コミュニケーションは取れなかったのだけど、イランの若い世代が何を考えているのかが少しわかったような気がした。

帰りがけに、「記念写真を撮っていいですか?」と聞くと困ったような表情。
どうも保護者の許可がいるらしい。さすがイラン。ムスリムの国だ。

その後、バスに乗っておじさんの親戚のうちに。
親戚10人ほどが集まって夕食を食べていた。
イランは子供が多い。こうやって子供も大人も親戚が一同に集まって食事する文化があるのはいいこと。
この日はおじさんのうちに一泊させてもらった。

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翌日、出発しようとしていると、やっぱりおじさんに引き止められる。
結局、旅の計画をすべて白状させられ、大きく軌道修正して、このおじさんの家からテヘランに向かうことにした。うーん、うれしいやらめんどくさいやら。。

夕方におじさんの娘さんとその旦那さんが食事に行くというのでついていった。
郊外のチャイハナ、ケバブとシャイそして水タバコを楽しむ場所だ。

彩は以前から水タバコを一回吸ってみたかったらしく、ようやく体験することができた。
タバコの葉にフルーツの味付けをして吸う水タバコ。これ結構ハマります…。

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(案内してくれたおじさんの娘夫婦)

結局2泊して3日目の夜、ようやくバスに乗ってテヘランに向かうことになるのでした・・・。
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一緒に山に登りませんか??

イラン国内走行(2014年6月20日)

さて国境の町アスタラからひとまず東に走り始めることにする。
イランは道路の舗装状況もよく、路肩もある。運転マナーもグルジアよりは良さそうだ。

あたりには田園風景が広がる。
作っている米はどうもタイ米らしいのだけど、里山と田園風景が日本を思い出させる。

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昼休憩でジュースを買っていると、若いイラン人男性に英語で話しかけられた。
初日から思っていたことだけど、イランではよく英語で話しかけれる。
この男性はイランで英語教師をしているらしく、日本の文化について細かく質問された。以前紹介した自転車旅行者のネットワークWarmshowersにも参加しているらしく、アドレスを教えてくれた。

その後も、トラックの運転手に話しかけられたり(なにか困ったことがあったら連絡するようにと、連絡先まで教えてくれたり)、とにかく英語で親切をうけた。

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その日は、70kmほど走った町に泊まろうとしたのだけど、どうにも宿が見つからない。
困りながら、野宿の覚悟を決めて走りだすと、例のごとく車から話しかけられてしまった。

「一緒に山に登りませんか?」

「ん?山??」と困惑していると、どうも今日は金曜日で祝日。家族でピクニックにいくところのようだ。
時間も遅いので、宿の心配を口にすると、「うちに泊まっていけ」という。

自転車を、その家族の親族のうちに止めさせてもらい、車に乗って“ピクニック“にいく。

車はどんどん山を登り、1500mも標高を上げて、とある町に到着。
招待されるがままにちょっとしたピクニックスペースへ案内された。
そして好きなものを食べなさい。とキャバーブ(ケバブのイラン版)とバターライス大盛りをいただく。

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日本のことや、イランのこと、などいろんなことを質問された。
家族は父母兄妹の4人家族。お父さんは弁護士、お兄さんは英語の教師を目指しているらしく、妹さん(一番英語を話していた)は、歯科医師になりたいらしい。

余談だけど、イランでは医師は女性の割合が高いらしい。それは、「男性医師は女性を診察してはいけない」というイスラムの規則のため。女性医師は男性も女性も両方診察できるので、この点女性のほうが有利なのだ。
ただ、いろいろ調べてみると医師に限らず、高等教育、とくに理系に占める女性の割合は男性よりも高いらしく、サウジアラビア(スンニ派)のように女性の権利がないということは、イランに限っては当てはまらないような印象を受けた。

食事を頂いたあと、そのまま自宅に招待された。マンション一棟そのまま所有しているらしく、僕たちにもワンフロアまるごと貸してくれた。

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だだっぴろいリビングでおやすみなさい。。


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イラン入国

イラン入国(2014年6月19日)

前日しっかり休んだので元気回復。でも朝はしっかり白米を炊いてしまったりして結局10時のスタートになってしまった。 アゼルバイジャン最終日。道は相変わらず悪く、相変わらず「お~い、こっちにこ~い」と声をかけられ続けた。 この日は今までとは違い、向かい風もそれほど強くはなく、意外とあっさり国境の町Astara(アスタラ)に到着した。

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(国境のゲートは海岸沿いにあり、ちょっとわかりにくい。)

早速、ゲートを越えようとすると、警察官が現れ、「今はランチタイムだから2時半にくるように」と一言。 しかたなく手持ちのマナトを使い切るため、マーケットでジュースとヨーグルト、ハムを買って昼食。 時間になったので、国境に向かう。アゼルバイジャン側のイミグレーションは、いつもどおりの手続き。彩が痩せたせいで、パスポートの写真とよく見比べられたりしたくらいだった。

問題はイラン側。 まず国境の橋を渡って最初の警備員詰め所で、制止を受ける。イミグレーションでもなんでもないのに、パスポートの番号を控えられ、父親の名前を聞かれたり、と、よくわからない。

続いてようやくイミグレーション、パスポートコントロールに入る。すると、カウンターのおばちゃんが何やら手招きをしている。パスポートを先に渡せとのこと。渡してしばらくすると、今度は警察官が現れ、こっちにこいと言う。後についていく、と「ポリス!」と大書きしてある部屋に通される。う~ん、よくわからん。

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(イミグレオフィス。ブレちゃいました。)

警部だかよくわからない上司らしき人がデスクに座ってファイルに次々目を通しているけど、僕らは「シットダウン、プリーズ」と言われたまま…。 しばらく経って、ようやく僕達の手続きをしてくれるようだ。何やらゴソゴソとアタッシュケースをいじっている。 中から出てきたのは、じゃ~ん。スタンプ台。どこかでみたことがある道具。そうトルコのトラブゾン、イラン大使館でビザを申請するときも全く同じパターンでした。指紋採取。

スタンプ台が出てきた瞬間、「あー指紋か」と潔く両手を差し出す。「おーよくわかっているな!」と両手の指紋をバッチリ取られた。いや、そもそも両手の指紋はトラブゾンのイラン大使館で取られているわけで、指紋照合でもやるつもりなのか?外国人が通るたびに指紋をとっていたら大変だろうに…。ちなみに彩の指紋は女性警察官をわざわざ呼んで採っていた。どうも男性警察官は女性に触れてはいけないようだ。さすがイスラムの国。

まぁ結局のところ、警察官のおじさんはとてもいい人で、ワールドカップの話題(イランも出場している)で盛り上がった。ご丁寧にも日本とコートジボワール戦のスコアを教えてくれたり。一度イラン人とワールドカップ観戦してみたいなぁ。 最後に「Welcome our country」と笑顔で言ってくれた。いい言葉だね。いままでそんな言葉入国時に言われたことがなかった。

ようやくパスポートに入国スタンプが押され、イラン入国。 事務所を出るなり、両替商に囲まれてしまった。 とりあえず100ドルだけ両替しておくかな。と100ドルを2,505,000リアルに交換した。ちょっとレートが悪いかもしれない。 今日は少し先に進んで、野宿でもしようかと思っていたのだけど、彩の服(マントーと呼ばれるイスラム女性が来ている服。体のラインを隠すためのもの)を買ったりしているうちに結局17時になってしまった。17時から走り出すのはちょっと厳しいので、この町に泊まることにして一日は終了。



彩の服を買う時も、「君たちは私たちの国のお客さんだからお金はいらない」などとびっくりするようなことを言われたり(結局ちょっとだけお金は払った。)宿を探すときも、ちょっと迷っているとすぐイラン人のおじさんが寄ってきてくれて英語で場所を教えてくれたり、さらに最初に行ったホテルも、「20ドルくらいで泊まりたいのだけど」というと、「うちは無理だが、近くに安いホテルがある。そこにしなさい。行き方を教えてあげよう」などと、自分の利益にならないことなのに、親身になって教えてくれたりした。

うぉ~イラン。この国はいったい…。


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不思議な国

アゼルバイジャン走行記(2014年6月14日~18日)

アゼルバイジャン人
今までの国民とは全く違うと感じたアゼルバイジャン人。

自転車を止めて少し大きめな商店に入ると、店員らしき男性が私についてまわってくる。ちょうどいいやと思い、「ペーパーはある?」とか聞いてみる…そしてレジに並ぶと、彼とおばちゃん、レジの男性、客が集まってきて、「自転車で来たの?どこへ向かうの?」「外にいるのは旦那か?」みたいなことを全員が金歯(大抵の大人は金歯)を見せながら聞いてくるのだ。あ〜ちょっと時間かかっちゃったなと思いながら、自転車の元に戻ると、ゆうと自転車は10人くらいの男性に囲まれていた!彼らは自転車やGPSに興味津々でさわったり、ゆうに質問している様子。ゆう「遅いよ!」私「いやいや、こっちも大変だったんだから」。町中で自転車を止めるといつもこんな目にあってしまうのだ。

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(町の至る所に大統領の写真が…)

大きな町に入ると、私たちが見える限りの全員が私たちの方をじっと見ている。道を聞こうものなら、話しかけた以外の人まで集まってくる。本当におもしろいほど集まってくる。彼らの仕事は何?何をやっているところなの?と聞きたくなってしまう。

すれ違う車はよく私たちの隣でスピードを落とし、車内の人の全員の視線がこっちに向いていたり、助手席の人が身を乗り出して私たちを振り返ってじっと見ていたり、時には何かを大声で叫んだり…結構疲れます。。

彼らは全くと言っていいほど英語ができない。8日間滞在して、まともに英会話した人は2人しかいなかった。その代わり、ほとんどがロシア語を話せるよう。「アゼルバイジャン語もロシア語もわからないんだ」というロシア語をなんとか覚えて彼らに伝えるも、お構いなしにどんどん何かしゃべってくる…ゆうと私は日に日にアゼルバイジャン人の執拗さに疲れてきて、「話したいなら英語を学んでこい!」なんて思ったり。でも、彼らは母国語、ロシア語の他トルコ語も理解する人が多い。ということは、日本人より圧倒的にマルチリンガルなんじゃ?けしてバカにはできない…

そんな反面、最近の教育では英語に力を入れているらしいことも垣間見えた。たまに自転車を乗り回して遊んでいる中学入り立てくらいの男の子たちが「ヘンロー、ヘンロー(hello)!」と叫びながら追いかけてくる。そして「Where are you from ?」「What ‘s your name ?」などと質問してくる。基本的な英語だけだけれど、彼らとの方が会話が成立する気がする。それに私たちを見るや「キタイ?」(中国人?)と投げかけてくる大人(嘲笑う人もいれば、そういう意味合いでなはなく言う人もいるが)より、よっぽど男の子たちの方が良識を持っているのでは??

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そんなアゼルバイジャン人の中にも親切な人々もいる。基本はイスラムの信者でトルコ人の顔をしている。チャイ文化があり、「チャイ、チャイ(を飲まないか)!」と道脇から叫んくるのもトルコとそっくり。

暑い中、自転車で走っていると、ハンドルにくっつけているドリンクボトルの中の水はぬるま湯になってしまうので、町に入って商店があると冷たい飲み物を買って飲んでいた。ある時、なかなか商店がなくて冷たいものがそろそろ飲みたいのにと思っていた矢先、車が私たちの脇で停車して、窓からひゅっとオレンジファンタを差し出してくれた。これは本当にありがたい。そんなことが2、3回あった。

それから一度、商店で水を1本買おうとしたらお金は受け取らなくて「どうぞ」というそぶりをしてくれた。商店ではまけてくれたり、おまけで追加をくれたりすることはあっても、ものをくれたのはどんな小さな買い物でも今のところこの一度だけ。

アゼルバイジャンの夜
アゼルバイジャン7泊8日間のうち、野営が5日間。私たちは宿があれば泊まってしまうほうなので、これは珍しいほう。というのも宿が圧倒的に少ないからなのだけど。

野営ポイントは道路に近いけれど、茂みで見つかりにくいところ、脇道に入って放牧地のようなところなど。それにしても、どこも暗くなりはじめると蚊が多くて大変!虫除けを塗ったり、蚊取り線香を焚いたものの、たくさん刺されてしまった…しかも、この辺りの蚊に刺された時は、思わず「イタッ!」と口に出てしまうほど肌に痛みを感じるのだった。

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(上:お昼は日陰を求めて。たまたま道脇に絶好のスペースがあり洗濯物も干したり。
右下:この中にテントを張りました。)

走行4日目は一番辛い日だった。しばらく走ると、道がだんだん悪くなり未舗装と舗装を繰り返し、しまいには50km近くは完璧な未舗装になってしまった…ぐんとスピードは落ちてしまう。それにだんだんと向かい風が強くなり、運転マナーも東に行くにつれて悪くなっていく気がした。それでも今晩は切りよく町についたので、宿に泊まれるかなと現地の人に「安いホテルは?」と聞いてみた。しかし、1つは人がいないし、他も場所がわからなくて結局町の外れの廃屋でテントを張ることに。アゼルバイジャンは宿が少なく、あっても高いので、私たちのような旅人には向かない国なのかも。

次の日はカスピ海沿いに出て、Lankaranを目的地とした。Dalga Restaurant & Hotel : ツインで30マナト(3,500円) と相変わらず高めどけれど、5日間走り続けたのでいいかと投宿。そして併設されているレストランではじめてアゼルバイジャン料理を食べてみた。といってもほとんどトルコ料理のようなものだけれど。ビールとワインも飲んだ。なにせイランに入ったらアルコールは摂取できないから。それから、このレストランの店員からW杯の日本の初戦が黒星であったことを教えてもらった。

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ゆうの希望もあって、ここでもう一泊して洗濯や連続走行の疲れをとることにした。部屋を出てすぐの中庭に東屋のようなのが並んでいたので、そこで自炊してご飯を食べたり。宿はキレイとはいえないけれど、部屋内にシャワー・トイレがあって広々としているのでそこそこ。でもここでもやっぱり蚊は多かった。


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アゼルバイジャン走り始め

オンボロホテル(2014年6月13日)
気を取り直してアゼルバイジャン走行開始!ビザ有効期限の10日間で600kmちょっとを走り抜けなくてはならない。まぁそんなに切羽詰まる距離ではないけれど。

アゼルバイジャンはグルジアよりも犬が狂暴な気がして、道の途中で武器として石を拾っていたら、近所の家から出てきたおじさんがスモモのような果物を4つほどくれた。そして「こっちに来い」と手招きされたので何だろうと思いながらもついて行ってみる。すると、赤いチェリーがたくさんなっている木を指差して「好きなだけとりなさい」ということだったので、ほんの少しさくらんぼ狩りをしてみた。でもあとで食べたら、酸っぱい酸っぱい…

この日は平坦な道のり、しかも追い風。時速21~22kmあたりでこげるので、スピードメーターの走行距離もみるみる伸びていく。もうこんなに走っちゃったよ、と何だか楽しかった。

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(左:さくらんぼ狩り。右:広大なひまわり畑の脇に羊の群れ)

そしてこの日泊まったのは、Ganja のCapaz Hotel。ロンプラで最安の宿を調べて、それに町中の人に「安い宿を知らないか?」と聞いた上で選んだ宿。ツインルーム50ドル…高いくせにオンボロな建物…今日の走行距離はこの旅の最高記録の150km。それに辺りはまだ明るいけれど20:00になろうとしていた。さすがに疲れたよ。町の外れに出てキャンプをする体力も残っていなくて仕方なく。れにしても全く値段にそぐわない部屋だった…別にシャワーのヘッドがないこと、トイレは便座が取れて立てかけてありタンクも壊れてて自分でタンクに水を入れなきゃいけないことなどに驚きはしないけれど、この値段で??もちろんWi-Fiもない。…それでも、昨日の寝不足は解消できたかな。

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(右:お湯が欲しいとお願いしたらこんなので沸かしていた。すごい時間がかかる…)


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この旅最大のハプニング?

どうしよう!?(2014年6月12日)
今日はアゼルバイジャン入国を目指して走り出す。今まで何度かビザ取得をしてきたけれど、それらを使って入国するのはアゼルバイジャンが初めて。

走りはじめて5分足らずでスイス人夫婦のサイクリストに会ったけれど、「アルメニアへ行くんだ」と言うことで間もなく分岐点で別れた。やはりこの時期サイクリストは多いよう。

アゼルバイジャンまでの約60kmは大方追い風で走りやすかったけれど、肝心の登りでは方向が逆になってしまい、風に抵抗して走るのはしんどかった。そこでは何もない空なのにびゅうびゅうと音がして、あの恐ろしかったパタゴニアの風を思い出してしまう程だった。

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(土地もパタゴニアのパンパに似ている)

グルジア出国、アゼルバイジャン入国の手続きも無事終了。イミグレを出てすぐのところにあった両替所で、残ったグルジアラリと米ドルを両替。

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(左:グルジアイミグレ。右:両替している間に私の自転車に乗られてしまった…)

再び走り出すと、路面状態も良く運転も落ち着いていて良いと感じた。国境という一線を越えるだけで、本当に違う「国」に入ったとわかる。しかし…間もなくこの旅最大のハプニングが!!ゆうが急停止して叫んだ。

「パソコンがない!!」

「え!?なんで??」 盗まれるような隙があったっけ!?いつもパソコンの管理には一段と気を使っているゆうも十数秒間なぜないのかわからなかった。

「宿に置いてきた。」

どうやら、トビリシの宿で出発直前に一度バッグにしまったパソコンをプリントアウトしたいものがあるため取り出し、ロビーでひと作業してメモリと紙は持ったもののパソコンを机に置きっぱなしにしたようだ…

この旅で私たちの1番の貴重品とも言える持ち物。私から言いたいこともあったが本人も相当ショックを受けているので、ではどうするかを話した。とりあえずパソコンの所在確認のため、ホテルに電話してみることに。次の町まで進み、ガソリンスタンドや何かの施設で電話をかりてかけてみたけれど、国際電話がかけられないのかどこも繋がらなかった。人々も「ここから10kmでグルジアだぞ」と言う。

どうしよう…ホテルにあるのなら取り返したい、、ビザ不要のグルジアに戻ることは簡単にできるのは幸い。しかし、アゼルバイジャンに再入国するためにまたビザは取れるのか…方向を変えてアルメニアに入るか…もともとアゼルバイジャンを選んだのは、とにかく先へと急いでいたため最短ルートで次の国を目指せるから。それに、あまり自走をしてこなかった私たちだけれど、このルートなら全て走り抜けられそうだったから。その他にも様々な思考が頭の中を巡った。

あのパソコンはお金ではない価値もあるので、私たちはグルジアに戻ることを決め、10km逆走することに。国境に着くともう一度電話が借りれないかと、人々に声を掛けると私たちが利用した両替所を案内された。

そこのおじさんは携帯電話を貸してくれて、ホテルに電話が繋がった!やっぱりパソコンはロビーにあるとのこと。一旦電話は切ったけれど、二人とも考えたことは同じだった。「多少のお金を払ってパソコンをここまで持って来てもらえないか。たしかグルジア人はビザは不要のはず…」と言うことで再度電話し、何度かやり取りをし、持って来てもらえることになった!!ホテルの人は皆英語を話せる人だったので、その点も幸いだった。

1時間半くらい近くのカフェで待つと、おじさんの電話に向こうから「来たぞ」と連絡が入った。しかし、うまく英語で意思疎通ができていなかったらしく、彼はグルジア側で待っていた。

「パスポートなんて持ってない」…彼はタクシーで来ているらしく、「追加を払ってくれればパスポートを持ってまた来る」と。こちらは弱い立場なのでそれに従うしかない。

今度は2時間近く待つと、また電話がかかってゆうは国境へ向かった。時間が少し経つと私も心配になって、国境が見えるところに行くと…

ゆうが両手を挙げてパソコンを掲げているのが見えた!!良かった〜!!!何とか再び手にすることができた!!これで予定通り走ることもできる。

電話を何度も貸してくれたおじさんにも感謝。お礼を払おうとしても、手を振っていらないと仕草してくれた。

結局○○○ドルも払ってしまったけれど、アゼルバイジャンビザは日本人は無料で欧米諸国人のビザ代よりは低いから、ビザ代と考え、良しとしよう。

何だかんだで21時を過ぎ、あたりは真っ暗。二人ともすっかり疲れ切ってしまった。この辺りの建設中?らしいレストランの裏にテントをたて、やっと長い一日を終えた。


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温泉とワインのトビリシ

ゴリを出発する
翌日、朝は少し早めに出発してスターリン博物館を外観だけ見に行ってきた。世界で唯一といわれるスターリン像もあるらしい。
スターリン博物館は、町の中心部スターリン公園の中にある。スターリンの生家やスターリン像、スターリンを乗せた客車と博物館がある。スターリン像は町に背を向けるように、ひっそりと佇んでいた。

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さて、高速道路に戻り一路首都トビリシを目指す。マイケルは今日の午後一でビザ申請をしたいようで、先に行ってしまった。トビリシまではわりとすんなり着いたのだけど、トビリシは縦に細長い街で町に入ってからお目当ての宿、ホテルジョージアに着くまで2時間近くかかってしまった。トビリシの手前10kmほどにある町はグルジア正教会でも重要な場所らしく、いくつもの教会が建っていて美しかった。

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(お昼を食べたトルコ料理屋。グルジアの幹線道路沿いには、トルコ人トラックドライバーのためのトルコ料理屋がときどきある。とても親切なトルコ人店員さんと)

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(道路未整備が不便であることを詫びる政府の看板。珍しい。)

トビリシの宿、ホテルジョージアでは、たまたま旅行中の日本の知人に会うことができた。
宿は驚愕の値段10ラリ(600円)。しかも、夕食付きだ。
多くの日本人旅行者が大絶賛する宿なのだけど、僕達としては、ちょっと居心地が悪く微妙なホテルだった。
部屋は窓がなく天井が低い、換気ができないため暑い、道路に面しているため煩くて眠れない、トイレとシャワーの間の仕切りがなく、シャワーを浴びるとトイレがびしょびしょ・・・。などなど、枚挙に暇がないのだけど、とにかく監獄のような部屋で長居するにはちょっと辛いかな。。ということになった。
まぁ、とりあえずこの日は泊まることにして、一緒になった日本人旅行者4人と久々の日本語トークを楽しんだ。

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(日本人に大人気のホテルジョージア。。。だけど僕たちにはちょっと厳しかった…。)

トビリシ滞在記
トビリシでは、アゼルバイジャンのビザをとる必要があった。2泊したホテルジョージアから旧市街のオールドタウンホステルに移動した。マイケルとヘンドリーからおすすめしてもらった宿だ。ホテルジョージアと比べればだいぶマシ。滞在も一息つけそうだ。

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アゼルバイジャンビザは発給まで所要3日、日本大使館の旅券添え状が必要で手数料は無料。窓口は月水金の午前中に申請、2営業日後の16時以降受け取りという具合だ。申請自体はスムーズで、特筆すべきことはなし。ただ場所だけ以前の場所とは変わっているので注意。調べていってください。日本大使館は、アンカラの大使館に比べて随分小規模だった・・・。

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(左:午後になると毎日雷雨がある。この日は大量の雹が降ってきた。右:彩の誕生日祝いでちょっと高いオーガニックレストランへ。)

ビザ待ちの間に、トビリシ名物のトビリシ温泉にいってみた。共同浴場のほうが有名なのだけど、ここでは個室のお風呂にも入ることができる。料金は一部屋10ラリ。天然硫黄の温泉で、硫黄の香りが日本の温泉とそっくり。肩までしっかり浸かれるので、身体の疲れを取るにはピッタリかもしれない。オススメ!

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※温泉の場所は下記を参考にしてください。
写真 1 


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【閑話】カメラについて語ります。

イランの旅も佳境に入ってきました。本日が7月14日。7月21日にトルクメニスタンに入国します。


さて、旅カメラ
旅とカメラ、古今東西ずーーーっと語られてきたテーマですね。
10ヶ月旅をしてきて思ったことを、備忘録としてまとめておきます。

Canon EOS6D / EF24-105mmF4L IS USM
今回の旅でメインカメラとして使っているのは、キャノンの6Dです。
35mmフルサイズセンサーを搭載したカメラで、特に高感度性能に優れています。
10ヶ月間、旅で使ってきてメリット、デメリットが見えてきました。

まずはデメリットから。
1、重い
6Dは本体が680g、レンズが670g、合計で1350gになります。
「気軽に」とはいえない重さですね。

2、線が太い
これはレンズの問題ですが、EF24-105Lは設計年度が古いため、以前僕が使っていたEOS7D / SIGMA17-50mmF2.8EXの組み合わせに、解像力で劣る場合があります。特にポートレートなどで、空気感の表現力に差があるような印象を持っています。(解像力については後述)

3、手ぶれ補正が煩い
これもレンズの問題ですが、EF24-105Lの手ぶれ補正音は音が大きく、動画撮影の際、手ぶれ補正をオンにしておくと、補正オンを思いっきり拾います。特に手持ちで風景撮影をするときなど、周囲が静かな分目立ちます。

というように、重さと解像力、手ぶれ補正音に悩まされることがあります。


次にメリットを
1、高感度性能
6Dを選んだ最大の理由は、この高感度性能です。
事実、ISO6400まではほぼ常用可能で、ISO12800も場合によっては使うことができます。
なんのことやら、という話かもしれませんが、通常のAPSC一眼レフカメラ、ミラーレスの場合、ISO3200でもノイズが目立ってしまうことがよくあります。(7Dや60D、70Dの弱点)

2、WIFI機能、GPS機能
WIFI機能、意外と使用する頻度が高い機能になっています。というのも、iPadやiPhoneからSNSに投稿する場合、写真を一度取り込む必要がありますが、WIFIがあると、いちいちカードを差し込まなくてよいので、とても簡単にデータを移すことができます。
GPSは、バッテリーに余裕がある場合、ほぼオンにしています。特にあとで見返した時(例えば記憶が曖昧になる数年後など)、GPSデータが残っていると、どこで撮った写真かすぐわかり重宝します。(前回の旅の経験から)

3、階調再現性
コンパクトカメラとしてSONYのRX100を使っています。RX100のレビュー記事などを読んでもらえばわかると思いますが、RX100自体がとても高性能なカメラとされています。
が、しかし、6Dで風景を撮影した時の階調再現性は、やはり別格です。ポートレートが微妙という話をしましたが、こと風景撮影になると、シルクのような艶やかさをまとって、グラデーションが再現できます。
これが意外とすごい。あとでサンプルを掲示します。

4、RAW現像の威力
EF24-105mmF4Lレンズにちょっと不満がある、というような書き方をデメリットの項でしましたが、コンピュータでRAW画像を現像すると、まったく違った印象になります。
キャノンのRAW現像には、独自のDLOという技術があります。デジタルレンズオプティマイザ、という名前で、「撮影時に様々な条件で劣化してしまった画像を、劣化する前の状態へ戻す。」という技術です。
この技術を使うことで、写真はまったく解像力不足を感じなくなります。

5、防塵防滴性能
6D及びEF24-105mmF4Lレンズ、ともに防塵防滴設計になっています。画質と直接関係がないので、普段あまり気にしないのですが、旅カメラとしてはとても重要なポイント。砂塵の中で撮影しても、本体内に入り込まない設計なので、安心して使うことができます。

以上、メリットです。

南米、パタゴニア以降、上述のDLOを使うため、写真はRAWで撮り続けています。
ちょっと手間はかかりますが、RAW現像をすることで、風景や人物を撮影するときも解像力不足を感じずにいます。

サンプル

ポートレート編(いずれも6DとEF24-105mmで撮影。DPPで現像、DLO適用済み)

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風景編

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次に旅をするとしたら、どんなカメラを選ぶか。
一眼レフ、ミラーレスカメラに限定すれば、以下のようなカメラがいいかな、と思っています。

重視することは3点
1、解像力を充分に満たすこと
2、軽いこと
3、動画撮影時の制約が少ないこと(動画AF能力、手ぶれ補正作動音の低減)

上記のポイントを考えると、以下カメラがオススメです。

SONY α6000
ソニーの最新ミラーレスカメラ。本体重量は344g、ツアイスの16-70mmF4(35mm換算で24-105mmと同等)が308g、合計652gとなり、6D&EF24-105と比べ、700g軽くなる。さらに動画撮影時のAFもすばやく、外部マイクもワンタッチで付けられる。動画も撮りたい人、旅カメラにはオススメです。
ただ、まだ自分自身で使っていないので、解像力で満足するかどうか、ちょっと不安。





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スリコ&メディコの家

メディコ&スリコの家で休息。
多くの日本人旅行者が大絶賛するメディコ&スリコ家のホームステイ。
その魅力はいろいろあるけど、まず料理と酒。ワインや地酒のチャチャは飲み放題。
料理もメディコお手製のグルジア料理をお腹いっぱい食べることができる。

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(自家製ヒンカリ。じゅわっと溢れる肉汁は健在!)


到着の翌日、この日ははもともと完全休養日ということにしていた。
チリのビーニャ・デル・マル以来となる自転車の後輪の軸を分解清掃して、新しいグリスを詰めたり、あるいはブレーキシューを交換したり。もう思う存分自転車いじりをした。自転車いじりは昔から大好きで、ほっておくと一日中整備してたりする。彩は洗濯をしてくれた。
午後は、溜まっていた動画を何本か作ったり、写真を整理したり。
そんなこんなであっというまに時間が過ぎていった。
朝ごはんはヒンカリ。夜ご飯もまた豪勢、そしてスリコの酒宴が始まるのでした。

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翌日、ホントは出発しようかとも思っていたのだけど、近くにある世界遺産の教会も見ていないし、ということでもう一泊することにした。世界遺産の教会は一度破壊されてしまったけど、今は修復がすすんでいる。
今から1000年以上も前にこんな教会が建てられていたとは、やはり驚きだ。西洋のいわゆる“バシリカ式”教会ではなく、“集中式”教会という建築法で建てられているらしい。会堂の空間は、バシリカ式のほうが広く取れるが、集中式もまた美しい。

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午後には食材のマーケットの見学に行った。グルジアの豊かな食文化を支えるマーケット。やはりさすがといった感じ。野菜から果物、スパイス、各種肉、そして薬草。食材がずらりと並んで活気があった。楽器を持ったおじさんたちが、マーケット内で音楽を奏でていたり、なかなかおもしろいマーケットだった。夜は彩がピアノを演奏したり(させられたり?)、賑やかな夜になった。(調律をおそらく数十年していないアップライトピアノの音は凄まじく。シロウトの僕でも、半音くらい違うんじゃないか、というような感覚に陥って、まぁそれはそれで面白かった笑)

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クタイシを出発する
3泊したスリコ&メディコの家を出発する。朝、メディコから自家製ワインをたっぷりもらい、「子供ができたら見せにくるのよ」なんて言ってもらったり。お世話になりっぱなしだった。
メディコもスリコもかなり高齢なので、これから訪れる旅人は滞在中、重いものを運ぶのを手伝ってあげたり、とちょっと慮ってあげた方がよいかもしれない。「お金を払って泊まっているのになんだ!」と思うかもしれないけど、メディコ&スリコの家に泊まっていると、自然とそんな気持ちになってしまう。メディコは腰を痛めているようで、歩き難そうだった。

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クタイシからトビリシまでは約300kmの道のり、途中2泊しなくてはいけない。
この日は久しぶりの峠がある。標高は1100m程度。大したことないと思っていても実際に走るとやっぱり辛い。結局この日は峠を越えることができず、手前のレストランにテントを張らせてもらうことにした。このレストラン、なんと店先で熊を飼っていた。小さな折の中に熊がいる。はじめは気がつかず、振り返るといきなり熊がいてかなり驚いた。でもこのクマさん、正直可哀想。こんな小さな檻の中で一生を終えるなんて、ちょっとあり得ない。夜中に逃がしてやろうかと思ったくらい。(やらなかったけど。)

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発展途上国だと、動物の権利はほとんど省みられないのかもしれない。かといって先進国?の日本は野犬を何万頭も殺処分しているわけで、どっちもどっちなのかな。ただ野良犬が自由に生きている発展途上国がよいのかといえばそうとも言えない気もするし(特に毎回襲われるサイクリストからすれば)、世の中は不条理なことが多いな、と思ったり。野犬を殺処分するな!と唱える反対派の人は、一度野犬に襲われてみればいいし、問題は野犬を増やしてしまう無責任な飼い主にあるえわけで、ドイツのように犬は登録制で税金でも納めさせれば、安易に購入して捨てるなんてことが起こらないような気がする。ICチップ案もそういう意味では賛成。あ、話がそれました。

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スターリンの生まれ故郷
翌日、峠を越えてゴリの町を目指す。午前中は下り坂だったので距離を稼ぐことができたけど、午後は予想外の向かい風に悩まされた。
そういえばこの日、ジュースを買って飲んでいるといきなり右上の奥歯が取れた。たぶん詰め物が取れたんだと思う、痛みもないし。ただかなりビックリ。どこかで歯医者にいかなくては。

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欧米人のマイケルもバテバテのなか、なんとかゴリの町に到着。ゴリはご存知、スターリンの出生地として有名な場所。宿はロンリープラネットに乗っていたホームステイ先に決定。
ちょっと高いわりにマットレスが薄っぺらで設備が悪く、また個室でもないので、「高すぎる。アンハッピーだ」とマイケルが拗ねてしまった。しょうがなく僕たちがマイケルに部屋をゆずってあげた。
いい年して拗ねるなよ~、マイケル・・・。
ちなみに宿のおばさん自体はいい人だった。おしい。

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(あれだけの権勢を誇ったスターリンも今はここに像が残るだけ。有名な“スターリン批判”によって多くのスターリン像は壊されてしまったらしい。グルジア人のスターリン。)


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