グルジア(ジョージア)」カテゴリーアーカイブ

至近距離のアザーン

グルジアに入る(2014年5月30日~6月1日)
朝、巨大なアザーンの音に叩き起こされ一日がスタート。モスクにテントを張るということは、ミナレットのスピーカーからも近いということ。規則正しい生活にはぴったり・・・。アッラーアクバル・・・。

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目をこすりながらペダルを漕ぎ始める。この日も前日と同じきれいな道。だけど、ちょっとトンネルが多いのが気になる。
トンネルでは路肩も無いので、ちょっと怖い。グルジアからくるチャリダーにとっては、海沿いに旧道があることが多いので、そんなに気にならないかもしれないけど、グルジアに向かうチャリダーとしては結構やっかいだ。
迂回路があれば迂回し、なければテールライトを装着してトンネルの中に入る。ただ幸いなことに片側二車線の道路なので、目立つテールライトをつけていれば、車は追い越し車線を走ってくれる。それでもトンネル内に響き渡る騒音と風はかなり怖いもの。できれば走りたくない…。

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昼過ぎ、ようやくグルジアの国境に到着。みなノービザでスムーズに国境を通過。グルジアに入った途端、車はベンツで溢れかえり、道路の痛みは際立ち、運転マナーは一気に悪化。道路を次々に牛が横断する世界。家々はソ連風の一軒家が目立ち、明らかに文化が変わる。

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夕方、国境から30kmのところにある、バトゥミという町に到着。以前は黒海沿岸の国際貿易港だっただけあり、港は大きく、町も発展していた。が、やはり一本路地裏に入ると、未舗装ばかり。ある意味、いかにトルコが発展していたかを思い知ることになった。(そんなトルコですら、車の運転や様々なマナーなどを見るに、やはりまだ発展途上国だなぁ。っと思っていたのだけど。)
夜はロンリープラネット(英語圏の著名なトラベルガイドブック)に載っている宿に投宿した。

楽しみにしていたグルジア料理を食べるため、みんなとグルジア料理屋へ。
日本人だけならまだ微妙なニュアンスで会話できるし、どうゆうスタイルで旅行しているかわかっているので、安い大衆食堂(ちょっと汚くても)に入ろうと言ったりできるのだけど、多国籍だとそうもいかない。汚い大衆食堂でもいいのか、それともリッチなレストランがいいのか…。
結局、うまくその話ができないまま、彼らはリッチなレストランを選んでしまった。
適当に料理を頼んで話していると、遠くのテーブルに座るグルジア人から「このテーブルに」と、ワインの差し入れがあった。
しかも2本もだ。お礼にそのテーブルを訪れ、握手して感謝の気持ちを伝える。が、結局、僕達のテーブルに来て、グルジアの地酒なども酌み交わし、みんな泥酔状態に。グルジア人は、「ジャパン、イギリス、ドイツ、グッド!ロシアはダメだ」なんてことを無意味にずっとエンドレスで叫んでいる。もうぐたぐたな感じで、彩と苦笑しっぱなしだった。(でも楽しかったです。)
翌日出発しなくれはならないため、早めに宿に戻り、就寝。この宿はなんと一部屋のドミに20人分のベッドがあった。
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どんどん前進。
グルジアに入ったばかりだけど、先に進むことにする。この先、北部の美しいメスティア地方に立ち寄るか、あるいはそのまま首都のトビリシに向かうか、選択肢が2つある。メスティアは今回の旅で是非行ってみたい場所の一つ。でも最新の天気予報を確認すると、どうも雲行きが怪しい。ずっと雨の予報だ。雨の中峠を越えて、さらに景色が見られないのはかなり厳しい。
ということで、判断を先送りにして、ひとまず北上し次の町ポチを目指すことにした。

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ポチは黒海沿岸にある町で、この町もバトゥミ同様、貿易で栄えた町らしい。2008年のロシア・グルジア紛争では、グルジア海軍の艦艇がロシア特殊部隊によって轟沈させられたとか…。このグルジア、実はいま話題になっているウクライナととても近く、ロシアの影響力も(軍事力も)行使されやすい場所だ。

この日はとにかく暑い日だった。温度計は38℃。しかも日陰の温度だ。実際は45℃くらいあったんじゃないかな。と思えるほど。

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酷暑地域対策の手ぬぐいを巻き、頭にバフ(バンダナのようなもの)をつける。この手拭とバフを水で濡らし、頭と首筋、心臓を冷やす作戦だ。水冷式エンジン(エンジンは人間)とでもいうようなスタイルにした。
道は比較的走りやすく、夕方頃ポチの町に到着。

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ホテル探しを始める。ロンプラに載っていたホテルに行くとどうも営業していないようだったので、あたりの人に聞き、民宿を紹介してもらった。20ラリ(約1200円)でWIFIもある、なかなか良心的な宿だった。
宿に荷物を置き、昨日食べそこねた伝統料理ヒンカリ(餃子みたいなもの)を食べに町に向かう。
何軒かまわってようやくヒンカリが食べられるレストランを見つけた。
ヒンカリは厚い小麦粉の皮で肉を包み蒸し焼きにする、まさに餃子みたいな食べ物。餃子との違いは、皮が分厚く、ひとつひとつのサイズが大きいこと、他のグルジア料理と同じようにパクチーをはじめとする様々な薬草が入っていることだ。
一口食べるとジュワっと汁がこぼれ出す。この汁がまた旨い。上手にこぼさず食べることができるようになるのはなかなか難しいけど、こつは捻ってある部分を掴んで食べることらしい。

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連日の100km走行もあるので、この日は早めに休むことにした。

メスティア断念。クタイシへ。
判断を先送りにしてきたメスティア、結局行かないという決断をした。
雨の天気予報は変わらず。やはりちょっと厳しそうなのが理由。残念だけど、先を急ぐことに。
この日は、日本人旅行者の中で有名なクタイシの民宿、メディコ&スリコの家へ向かう。
自家製ワインと地酒を浴びるほど飲ませられる有名な宿で、“人間世界遺産”なんて呼ばれたりすることもある場所だ。

グルジアの片田舎をひたすら走り続ける。道は悪く、路肩もあまりない。
まだまだ発展途上国、といった感じのグルジア。

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この日途中でなぜか警察のパトカーに尾行されるということもあった。うーん、護衛されているのか監視されているのか。しかし、ある区間をすぎるとパトカーはどこかに行ってしまった。どうもその区間に“なにか重要なもの”があったみたいだ。

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(昼食中もずっと監視する警察のパトカー)

途中には砲撃を受けた建物の跡が残っていたり、なかなか不思議な地域だった。

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(焼け落ちたビル。弾痕が所々に残る。)

夕方頃、ようやくクタイシに到着。メディコ&スリコの家につくと、メディコ(奥さん)が「日本人?」と嬉しそうにドアをあけてくれた。なんかに入ると、まだ荷物も外していないのにスリコ(旦那さん)が登場し、「リトーリトー(ちょっとちょっと)」と言いながら名物の牛の角にいれたワインを注いでくる。断ることはできなさそうだ…。
「なぜ牛の角で飲むか」って?
そりゃ、一気飲みさせるためですよ・・・。(テーブルに置くことができない。)

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夜はたっぷりのグルジア料理。いやーこれがまた美味しかった。すっかり夜まで話し込んでしまった。


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スリコ&メディコの家

メディコ&スリコの家で休息。
多くの日本人旅行者が大絶賛するメディコ&スリコ家のホームステイ。
その魅力はいろいろあるけど、まず料理と酒。ワインや地酒のチャチャは飲み放題。
料理もメディコお手製のグルジア料理をお腹いっぱい食べることができる。

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(自家製ヒンカリ。じゅわっと溢れる肉汁は健在!)

到着の翌日、この日ははもともと完全休養日ということにしていた。
チリのビーニャ・デル・マル以来となる自転車の後輪の軸を分解清掃して、新しいグリスを詰めたり、あるいはブレーキシューを交換したり。もう思う存分自転車いじりをした。自転車いじりは昔から大好きで、ほっておくと一日中整備してたりする。彩は洗濯をしてくれた。
午後は、溜まっていた動画を何本か作ったり、写真を整理したり。
そんなこんなであっというまに時間が過ぎていった。
朝ごはんはヒンカリ。夜ご飯もまた豪勢、そしてスリコの酒宴が始まるのでした。

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翌日、ホントは出発しようかとも思っていたのだけど、近くにある世界遺産の教会も見ていないし、ということでもう一泊することにした。世界遺産の教会は一度破壊されてしまったけど、今は修復がすすんでいる。
今から1000年以上も前にこんな教会が建てられていたとは、やはり驚きだ。西洋のいわゆる“バシリカ式”教会ではなく、“集中式”教会という建築法で建てられているらしい。会堂の空間は、バシリカ式のほうが広く取れるが、集中式もまた美しい。

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午後には食材のマーケットの見学に行った。グルジアの豊かな食文化を支えるマーケット。やはりさすがといった感じ。野菜から果物、スパイス、各種肉、そして薬草。食材がずらりと並んで活気があった。楽器を持ったおじさんたちが、マーケット内で音楽を奏でていたり、なかなかおもしろいマーケットだった。夜は彩がピアノを演奏したり(させられたり?)、賑やかな夜になった。(調律をおそらく数十年していないアップライトピアノの音は凄まじく。シロウトの僕でも、半音くらい違うんじゃないか、というような感覚に陥って、まぁそれはそれで面白かった笑)

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クタイシを出発する
3泊したスリコ&メディコの家を出発する。朝、メディコから自家製ワインをたっぷりもらい、「子供ができたら見せにくるのよ」なんて言ってもらったり。お世話になりっぱなしだった。
メディコもスリコもかなり高齢なので、これから訪れる旅人は滞在中、重いものを運ぶのを手伝ってあげたり、とちょっと慮ってあげた方がよいかもしれない。「お金を払って泊まっているのになんだ!」と思うかもしれないけど、メディコ&スリコの家に泊まっていると、自然とそんな気持ちになってしまう。メディコは腰を痛めているようで、歩き難そうだった。

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クタイシからトビリシまでは約300kmの道のり、途中2泊しなくてはいけない。
この日は久しぶりの峠がある。標高は1100m程度。大したことないと思っていても実際に走るとやっぱり辛い。結局この日は峠を越えることができず、手前のレストランにテントを張らせてもらうことにした。このレストラン、なんと店先で熊を飼っていた。小さな折の中に熊がいる。はじめは気がつかず、振り返るといきなり熊がいてかなり驚いた。でもこのクマさん、正直可哀想。こんな小さな檻の中で一生を終えるなんて、ちょっとあり得ない。夜中に逃がしてやろうかと思ったくらい。(やらなかったけど。)

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発展途上国だと、動物の権利はほとんど省みられないのかもしれない。かといって先進国?の日本は野犬を何万頭も殺処分しているわけで、どっちもどっちなのかな。ただ野良犬が自由に生きている発展途上国がよいのかといえばそうとも言えない気もするし(特に毎回襲われるサイクリストからすれば)、世の中は不条理なことが多いな、と思ったり。野犬を殺処分するな!と唱える反対派の人は、一度野犬に襲われてみればいいし、問題は野犬を増やしてしまう無責任な飼い主にあるえわけで、ドイツのように犬は登録制で税金でも納めさせれば、安易に購入して捨てるなんてことが起こらないような気がする。ICチップ案もそういう意味では賛成。あ、話がそれました。

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スターリンの生まれ故郷
翌日、峠を越えてゴリの町を目指す。午前中は下り坂だったので距離を稼ぐことができたけど、午後は予想外の向かい風に悩まされた。
そういえばこの日、ジュースを買って飲んでいるといきなり右上の奥歯が取れた。たぶん詰め物が取れたんだと思う、痛みもないし。ただかなりビックリ。どこかで歯医者にいかなくては。

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欧米人のマイケルもバテバテのなか、なんとかゴリの町に到着。ゴリはご存知、スターリンの出生地として有名な場所。宿はロンリープラネットに乗っていたホームステイ先に決定。
ちょっと高いわりにマットレスが薄っぺらで設備が悪く、また個室でもないので、「高すぎる。アンハッピーだ」とマイケルが拗ねてしまった。しょうがなく僕たちがマイケルに部屋をゆずってあげた。
いい年して拗ねるなよ~、マイケル・・・。
ちなみに宿のおばさん自体はいい人だった。おしい。

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(あれだけの権勢を誇ったスターリンも今はここに像が残るだけ。有名な“スターリン批判”によって多くのスターリン像は壊されてしまったらしい。グルジア人のスターリン。)


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温泉とワインのトビリシ

ゴリを出発する
翌日、朝は少し早めに出発してスターリン博物館を外観だけ見に行ってきた。世界で唯一といわれるスターリン像もあるらしい。
スターリン博物館は、町の中心部スターリン公園の中にある。スターリンの生家やスターリン像、スターリンを乗せた客車と博物館がある。スターリン像は町に背を向けるように、ひっそりと佇んでいた。

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さて、高速道路に戻り一路首都トビリシを目指す。マイケルは今日の午後一でビザ申請をしたいようで、先に行ってしまった。トビリシまではわりとすんなり着いたのだけど、トビリシは縦に細長い街で町に入ってからお目当ての宿、ホテルジョージアに着くまで2時間近くかかってしまった。トビリシの手前10kmほどにある町はグルジア正教会でも重要な場所らしく、いくつもの教会が建っていて美しかった。

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(お昼を食べたトルコ料理屋。グルジアの幹線道路沿いには、トルコ人トラックドライバーのためのトルコ料理屋がときどきある。とても親切なトルコ人店員さんと)

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(道路未整備が不便であることを詫びる政府の看板。珍しい。)

トビリシの宿、ホテルジョージアでは、たまたま旅行中の日本の知人に会うことができた。
宿は驚愕の値段10ラリ(600円)。しかも、夕食付きだ。
多くの日本人旅行者が大絶賛する宿なのだけど、僕達としては、ちょっと居心地が悪く微妙なホテルだった。
部屋は窓がなく天井が低い、換気ができないため暑い、道路に面しているため煩くて眠れない、トイレとシャワーの間の仕切りがなく、シャワーを浴びるとトイレがびしょびしょ・・・。などなど、枚挙に暇がないのだけど、とにかく監獄のような部屋で長居するにはちょっと辛いかな。。ということになった。
まぁ、とりあえずこの日は泊まることにして、一緒になった日本人旅行者4人と久々の日本語トークを楽しんだ。

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(日本人に大人気のホテルジョージア。。。だけど僕たちにはちょっと厳しかった…。)

トビリシ滞在記
トビリシでは、アゼルバイジャンのビザをとる必要があった。2泊したホテルジョージアから旧市街のオールドタウンホステルに移動した。マイケルとヘンドリーからおすすめしてもらった宿だ。ホテルジョージアと比べればだいぶマシ。滞在も一息つけそうだ。

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アゼルバイジャンビザは発給まで所要3日、日本大使館の旅券添え状が必要で手数料は無料。窓口は月水金の午前中に申請、2営業日後の16時以降受け取りという具合だ。申請自体はスムーズで、特筆すべきことはなし。ただ場所だけ以前の場所とは変わっているので注意。調べていってください。日本大使館は、アンカラの大使館に比べて随分小規模だった・・・。

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(左:午後になると毎日雷雨がある。この日は大量の雹が降ってきた。右:彩の誕生日祝いでちょっと高いオーガニックレストランへ。)

ビザ待ちの間に、トビリシ名物のトビリシ温泉にいってみた。共同浴場のほうが有名なのだけど、ここでは個室のお風呂にも入ることができる。料金は一部屋10ラリ。天然硫黄の温泉で、硫黄の香りが日本の温泉とそっくり。肩までしっかり浸かれるので、身体の疲れを取るにはピッタリかもしれない。オススメ!

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※温泉の場所は下記を参考にしてください。
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