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イラン入国

イラン入国(2014年6月19日)

前日しっかり休んだので元気回復。でも朝はしっかり白米を炊いてしまったりして結局10時のスタートになってしまった。 アゼルバイジャン最終日。道は相変わらず悪く、相変わらず「お~い、こっちにこ~い」と声をかけられ続けた。 この日は今までとは違い、向かい風もそれほど強くはなく、意外とあっさり国境の町Astara(アスタラ)に到着した。

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(国境のゲートは海岸沿いにあり、ちょっとわかりにくい。)

早速、ゲートを越えようとすると、警察官が現れ、「今はランチタイムだから2時半にくるように」と一言。 しかたなく手持ちのマナトを使い切るため、マーケットでジュースとヨーグルト、ハムを買って昼食。 時間になったので、国境に向かう。アゼルバイジャン側のイミグレーションは、いつもどおりの手続き。彩が痩せたせいで、パスポートの写真とよく見比べられたりしたくらいだった。

問題はイラン側。 まず国境の橋を渡って最初の警備員詰め所で、制止を受ける。イミグレーションでもなんでもないのに、パスポートの番号を控えられ、父親の名前を聞かれたり、と、よくわからない。

続いてようやくイミグレーション、パスポートコントロールに入る。すると、カウンターのおばちゃんが何やら手招きをしている。パスポートを先に渡せとのこと。渡してしばらくすると、今度は警察官が現れ、こっちにこいと言う。後についていく、と「ポリス!」と大書きしてある部屋に通される。う~ん、よくわからん。

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(イミグレオフィス。ブレちゃいました。)

警部だかよくわからない上司らしき人がデスクに座ってファイルに次々目を通しているけど、僕らは「シットダウン、プリーズ」と言われたまま…。 しばらく経って、ようやく僕達の手続きをしてくれるようだ。何やらゴソゴソとアタッシュケースをいじっている。 中から出てきたのは、じゃ~ん。スタンプ台。どこかでみたことがある道具。そうトルコのトラブゾン、イラン大使館でビザを申請するときも全く同じパターンでした。指紋採取。

スタンプ台が出てきた瞬間、「あー指紋か」と潔く両手を差し出す。「おーよくわかっているな!」と両手の指紋をバッチリ取られた。いや、そもそも両手の指紋はトラブゾンのイラン大使館で取られているわけで、指紋照合でもやるつもりなのか?外国人が通るたびに指紋をとっていたら大変だろうに…。ちなみに彩の指紋は女性警察官をわざわざ呼んで採っていた。どうも男性警察官は女性に触れてはいけないようだ。さすがイスラムの国。

まぁ結局のところ、警察官のおじさんはとてもいい人で、ワールドカップの話題(イランも出場している)で盛り上がった。ご丁寧にも日本とコートジボワール戦のスコアを教えてくれたり。一度イラン人とワールドカップ観戦してみたいなぁ。 最後に「Welcome our country」と笑顔で言ってくれた。いい言葉だね。いままでそんな言葉入国時に言われたことがなかった。

ようやくパスポートに入国スタンプが押され、イラン入国。 事務所を出るなり、両替商に囲まれてしまった。 とりあえず100ドルだけ両替しておくかな。と100ドルを2,505,000リアルに交換した。ちょっとレートが悪いかもしれない。 今日は少し先に進んで、野宿でもしようかと思っていたのだけど、彩の服(マントーと呼ばれるイスラム女性が来ている服。体のラインを隠すためのもの)を買ったりしているうちに結局17時になってしまった。17時から走り出すのはちょっと厳しいので、この町に泊まることにして一日は終了。

彩の服を買う時も、「君たちは私たちの国のお客さんだからお金はいらない」などとびっくりするようなことを言われたり(結局ちょっとだけお金は払った。)宿を探すときも、ちょっと迷っているとすぐイラン人のおじさんが寄ってきてくれて英語で場所を教えてくれたり、さらに最初に行ったホテルも、「20ドルくらいで泊まりたいのだけど」というと、「うちは無理だが、近くに安いホテルがある。そこにしなさい。行き方を教えてあげよう」などと、自分の利益にならないことなのに、親身になって教えてくれたりした。

うぉ~イラン。この国はいったい…。


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一緒に山に登りませんか??

イラン国内走行(2014年6月20日)

さて国境の町アスタラからひとまず東に走り始めることにする。
イランは道路の舗装状況もよく、路肩もある。運転マナーもグルジアよりは良さそうだ。

あたりには田園風景が広がる。
作っている米はどうもタイ米らしいのだけど、里山と田園風景が日本を思い出させる。

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昼休憩でジュースを買っていると、若いイラン人男性に英語で話しかけられた。
初日から思っていたことだけど、イランではよく英語で話しかけれる。
この男性はイランで英語教師をしているらしく、日本の文化について細かく質問された。以前紹介した自転車旅行者のネットワークWarmshowersにも参加しているらしく、アドレスを教えてくれた。

その後も、トラックの運転手に話しかけられたり(なにか困ったことがあったら連絡するようにと、連絡先まで教えてくれたり)、とにかく英語で親切をうけた。

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その日は、70kmほど走った町に泊まろうとしたのだけど、どうにも宿が見つからない。
困りながら、野宿の覚悟を決めて走りだすと、例のごとく車から話しかけられてしまった。

「一緒に山に登りませんか?」

「ん?山??」と困惑していると、どうも今日は金曜日で祝日。家族でピクニックにいくところのようだ。
時間も遅いので、宿の心配を口にすると、「うちに泊まっていけ」という。

自転車を、その家族の親族のうちに止めさせてもらい、車に乗って“ピクニック“にいく。

車はどんどん山を登り、1500mも標高を上げて、とある町に到着。
招待されるがままにちょっとしたピクニックスペースへ案内された。
そして好きなものを食べなさい。とキャバーブ(ケバブのイラン版)とバターライス大盛りをいただく。

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日本のことや、イランのこと、などいろんなことを質問された。
家族は父母兄妹の4人家族。お父さんは弁護士、お兄さんは英語の教師を目指しているらしく、妹さん(一番英語を話していた)は、歯科医師になりたいらしい。

余談だけど、イランでは医師は女性の割合が高いらしい。それは、「男性医師は女性を診察してはいけない」というイスラムの規則のため。女性医師は男性も女性も両方診察できるので、この点女性のほうが有利なのだ。
ただ、いろいろ調べてみると医師に限らず、高等教育、とくに理系に占める女性の割合は男性よりも高いらしく、サウジアラビア(スンニ派)のように女性の権利がないということは、イランに限っては当てはまらないような印象を受けた。

食事を頂いたあと、そのまま自宅に招待された。マンション一棟そのまま所有しているらしく、僕たちにもワンフロアまるごと貸してくれた。

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だだっぴろいリビングでおやすみなさい。。


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おじさんに捕まって

おじさんに捕まって(2014年6月21日~23日)

泊めてもらった翌日、次の町ラシュトへ向けて出発しようとするも、
「1週間くらいゆっくりしていきなさい」と引き止められてしまった。

「いや~ゆっくりしていきたいのだけど、先を急がなきゃいけないから」となんとか説得して、どうにか出発することに。
妹さんはアヒルを庭で飼っているらしい。アヒルのかわいさと妹さんのかわいさが微笑ましかった。

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どうにかこうにか出発。日本人をもてなしてくれる人がいると有名なフーマンを目指す。

が、しかし、またイランの親切に捕まってしまう。

35kmほど走ったところで、恰幅のいいおじさんに止められた。
話を聞いてみると、どうもこのおじさんもサイクリストで、去年(!)日本を走ったことがあるという。
半信半疑の中、ランチを食べないか?ということだったので、おじさんの家に行ってみることにする。

おじさん家は、出会った場所から更に10kmほど先にあり、一度別れてから再合流するのに苦労した。
レズバンシャールの町から少し走った所にあり、普通の一軒家。
奥さんがたっぷりのバターライスとおかずを出してくれた。

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パソコンを見せてもらうと、日本の風景とおじさんが写っている。どうやら話は本当らしい。
「日本を縦断した」、ということはなさそうだけど、柏(イラン人のペルシャ絨毯商がいるらしい)の写真がでてきた。「日本は最高だった。」とおじさん。

さて、話も伺ったし、ご飯も頂いたし、出発しようとすると、お得意の引き止め工作。
「1週間くらいゆっくりしていけばいいじゃないか」と今朝もどこかで聞いたようなセリフ・・・。

たしか初めは「ランチでもどうだ?」という話だったはずが、いつのまにか「1週間のホームステイ」に変わってしまう、イランマジック…。

うーん。まぁ時間も遅くなってしまうし、「今日は泊めてもらうか」ということで一泊させてもらった。
夕方頃、「ちょっと親戚の家に飯を食べに行くからこないか?」というので、ついていく。

車で少し走って降ろされる。建物の中に入ると、偉そうなおじさんが3人英語を話している。
「ここが親戚のうちかな?」なんて思っていると、どうも違うらしい・・・。

実はここは英会話学校だったらしく、いきなり女子クラスの授業に放り込まれて即席講師になってしまった・・・。英語は全然喋れないのだけど、「イランの若い女の子が世界を、自分の国をどう感じているのか?なぜ英語を勉強しているのか?」などなど疑問がいっぱいあったので、この機会にぶつけてみることにした。
初級クラスのため、僕の拙い英語すら難しかったみたいで、コミュニケーションは取れなかったのだけど、イランの若い世代が何を考えているのかが少しわかったような気がした。

帰りがけに、「記念写真を撮っていいですか?」と聞くと困ったような表情。
どうも保護者の許可がいるらしい。さすがイラン。ムスリムの国だ。

その後、バスに乗っておじさんの親戚のうちに。
親戚10人ほどが集まって夕食を食べていた。
イランは子供が多い。こうやって子供も大人も親戚が一同に集まって食事する文化があるのはいいこと。
この日はおじさんのうちに一泊させてもらった。

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翌日、出発しようとしていると、やっぱりおじさんに引き止められる。
結局、旅の計画をすべて白状させられ、大きく軌道修正して、このおじさんの家からテヘランに向かうことにした。うーん、うれしいやらめんどくさいやら。。

夕方におじさんの娘さんとその旦那さんが食事に行くというのでついていった。
郊外のチャイハナ、ケバブとシャイそして水タバコを楽しむ場所だ。

彩は以前から水タバコを一回吸ってみたかったらしく、ようやく体験することができた。
タバコの葉にフルーツの味付けをして吸う水タバコ。これ結構ハマります…。

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(案内してくれたおじさんの娘夫婦)

結局2泊して3日目の夜、ようやくバスに乗ってテヘランに向かうことになるのでした・・・。


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おじさんを振りきって

おじさんを振り切って出発するのも大変だったので、しかたなくここに自転車を置きテヘランに向かうことにした。テヘランへのバスは夜12時ころ出発。3列シートでエアコンもあり快適だった。しかも値段はなんと6ドル。めちゃめちゃ安い。無事翌日朝、テヘランに到着した。  日本人が集まっているというマシュハドホテルへ。ここでようやくチャリダーの米山夫妻と会うことができた。

テヘランでのビザワーク ~トルクメニスタン編~
テヘランでする事は一つ。ビザの取得だ。テヘランではトルクメニスタンとインドのビザをとる予定だ。トルクメニスタン大使館はテヘラン市街の北の端にあって、結構時間がかかる。地下鉄の終点まで乗って、そこから歩くこと25分。ようやく大使館に到着。

ところが、大使館の前には人気がない。いやな予感。祝日休日ではないはずなのになぁ。なんて思っているとたまたま大使館員の人が通りかかり、「今日は会議で休館だよ」と一言。がっくり。仕方なく踵を返して来た道を駅まで戻る。帰りの道はとても長く感じた。

とりあえず長丁場になりそうなので、スーパーに買い出しに行ってきた。スーパーはホテルから歩いて20分。テヘラン市内にはいわゆるミニマートが少なく食料の調達に四苦八苦することがよくある。とにかく飲み物、食べ物が売ってないのだ。(特に宿のまわりは) スーパーで数日分の食料と水を買い込み、宿に戻った。

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(テヘラン市内のスーパー。レジには店員の応対を評価する謎のボタン付き)

木曜日、今日こそトルクメニスタンのビザを申請しなければならない。 というのも、イスラムの世界では金曜が休み。つまり明日はもう申請できないのだ。  朝イチで大使館に向かう。ささっと申請を済ませて、次のインドビザセンターに向かう予定だ。  大使館前には昨日とは変わって人が溢れている。小さな窓口で申請書を渡そうとすると、近くの男性を呼びチェックしろと言って窓口を閉めてしまった。この男性はVISAの代行業者らしく、慣れた手つきで申請書類をチェックする。どうやら申請書類には問題はないらしい。ここまではOKだった。問題はここから。  申請書類が受理されるまでは、この場に留まらないといけないらしいのだけど、受付の窓口がなかなか開かない。結局開いたのはなんと4時間後の13時。4時間も待たされてしまった。
結局、インドビザの申請はできず。週明け持ち越しになってしまった。

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(トルクメニスタン大使館の小さな小さな窓口に殺到する申請者。もっと申請しやすいように工夫をすればいいのに・・・なんて彼らは露ほども思わないんだろうな。)

テヘランでのビザワーク ~インドビザ編~
土曜日はインドビザ申請センターの場所を確かめるためにテヘラン市内へ出た。 インドビザは、テヘラン市内の旅行代理店が業務委託を受けていて、インド大使館とは別の場所にある。地下鉄駅からちょっと距離があるため、バスで向かった。無事、インドビザ申請センターに到着。予想通り休みだったので、場所だけメモして、インターネットカフェにむかった。 ネットカフェでは、インドビザのオンライン申請をして、ビザ申請時に必要なインド出国チケットを印刷。


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(イランでハマりにハマっていたフレッシュジュース(メロン)。これがめちゃめちゃうまい。25000リアル(約100円ほど)

再びスーパーにいくため地下鉄にのる。地下鉄の駅を降りると何か様子が変。どうやら、新しい路線でよくわからないままスーパーを少し通り過ぎてしまったらしい。仕方なく、歩いて向かうと、ここで大発見。

この通りは実はアウトドアショップ街になっていて、マムートなどの海外ブランドのウェアが売っていたのだ。彩のズボンが破けてしまったので、新しいズボンを買おうとしていたのだけど、結局ちょうどいいサイズがなくて断念。スーパーによってから宿に戻った。

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(寝袋やガスストーブなど様々な商品がならぶ店内。かなりしっかりした装備を整えられそうだ。)

翌日、ようやく週明け、インドビザの申請に向かう。インドビザ申請センターに朝早くつき、スタッフの人に声をかけると、「どこの国の出身?」と声を掛けられる。「日本だ」と答えると、「外国人はここでは申請できないよ。」とのこと。がっくり。。急ぎで正しい申請方法を聞く。どうやらインド大使館へ出向く必要があるらしい。さらに日本大使館のサポートレターも必要とのこと。急いで日本大使館に向かい、サポートレターを発行してもらう。

在テヘラン日本大使館はいつにもまして厳重だったが、日本人だというと警備員の男性はすんなり中に入れてくれた。通常、日本のパスポートを見せた上、日本人といえども金属探知機を通って荷物を改められるのだけど、イラン人警備員はあまり気にせずスルーして、通してくれた。。

窓口ではイラン人の女性大使館員が応対してくれた。一応日本語が話せるようなのだけどイマイチ、スムーズにコミュニケーションできない。ちょっと時間がかかりつつも、なんとか意図を説明できた。いつも通りの承諾書(ビザを発給してもらう国には危険地域がありますが、説明を受けた上、自己責任で入国します。というような内容)にサインをして提出。今回は追加で今後の旅程表のようなものも書かされた。

結局のところ、当該国のビザはその直前の国でとってほしいらしく、なぜテヘランでインドビザをとる必要があるのか、とその女性スタッフに突っ込まれたため、いちから事情を説明するのに時間がかかってしまった。 ようやくサポートレターが渡され、これで終わりかと思っていたところ、なんと副領事から説明があるという。お忙しい中、副領事の鈴木さんから丁寧にイランと周辺国の最新の危険情報や、イラン国内のマナーなどについて教えていただいた。

長くなってしまったけど、後少し。

インド大使館へ向かう。ゲームのラストボスを倒すときのような心境だ。迷宮のようなダンジョンをクリアしてようやく辿り着いたインドビザ申請。
インド大使館は日本大使館から近く、すぐに到着。申請書類を提出すると、「日本大使館になぜサポートレターを出したのか確認するから、また明日来てくれ」とのこと。うーん、まだ決着がつかないインドビザ。。

翌日、早朝インド大使館へ向かった。  結果、テヘランでのインドビザの発給は1ヶ月のシングルエントリービザのみ。3、6ヶ月のマルチビザは発給していないとのこと。完敗。

都合上4日間をかけ、交通費をかけ、靴底をすり減らしながら頑張ったインドビザの取得は、残念ながらできず。。

しかたないので、気持ちを切り替えて、ペルセポリスを見に行くことにし、夜行バスでシーラーズに向かった。

※6ヶ月のインドビザは、キルギスの首都ビシュケクで取得できるようです。僕らも検討中。。

 


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古代オリエントの跡

シーラーズへ(2014年7月1日~2日)
バスの中、早朝目が覚めるとまさにここは砂漠だった。

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シーラーズには7時くらいに到着。バスターミナルからタクシーに乗り、ホテルへ。

宿:ダリアホテル (ツイン300,000リアル)
個室に冷蔵庫、洗面台、シャワーありでトイレは共同。Wi-Fiなし。イランの宿ではだいたいパスポートをホールドされるのだけれど、ここでは珍しくされなかった。部屋にはファンが付いていてまぁまぁ快適に過ごせた。宿代は安く、立地も良くおすすめ。

ペルセポリス
シーラーズに来た目的は、ペルシア帝国の都、ペルセポリスを訪れることだ。日中はとにかく暑いので15:00頃、宿を出てペルセポリスへ向かった。ミニバスとタクシーを乗り継いで到着。一人150,000リアル。とにかく暑い暑い。そのせいか人もまばら。つい日陰を求めながら行動してしまう。

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この都は紀元前520年頃に建設されはじめたという。そんなはるか昔の遺構が残されているとは!現代でもこんな荒野、ほとんど砂漠に位置する都なんだから、よほどの権力もとにつくられたんだろうな。様々なレリーフも残されており、各地方の民族衣装をまとった人々も描かれていた。メインから少し離れて高台にも遺跡があったけれど、あまりに強い日差しと日陰がないのであそこまで行くのは断念。イランの子供たちは元気に登っていたっけ。

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マスジェデ・ナスィーロル・モスク
一人50,000リアル。ステンドグラスが魅力的と聞いてやって来た。宿から歩いて10分ほど。

早朝だと陽の差し込み加減が良くきれいらしいので、開く時間に行ってみた。でも、まだ陽が低すぎて少し待った方が良さそうなので9時まで待てみる。けっこう陽が差し込んで来た。彩り豊かなステンドグラスがきれい。しかし、一番美しい時期は陽の低い冬のようだった。

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ここで、観光で来ていたイランで文化・歴史を学んでいるという日本人女性に出会った。異文化を学ぶのに一番なのはその中に住むことだけれど、イランに住むとはけっこうな覚悟が必要だなと思ってしまう。

バザール
日暮れ頃にバザールへ。イスタンブールのバザールとも雰囲気が似ているかな。絨毯やスカーフ類、チャードルがた〜くさん!イラン人は何を決め手に買う店舗を決めるんだろう。夫が写真を撮っていると「うちの子を撮って」と言ってくるお父さんやお母さんがいた。一瞬、撮影しないで、と怒られるのかと思ってしまったけれど、そんなことはちっともなかった。

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日が沈むとすっかりあたりは賑わってきた。ファーストフード店やジュースバーは繁盛している様子。日中は暑いせいかラマダンのせいか、ほとんど人気がなく寂しい町なのかと思ってしまったくらいだったのに。私たちはピザが食べたいとピザ屋を探しまわったけれど、結局見つからず今晩も定番となったハンバーガーを買って宿で食べました。


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