アザーンの聞こえる町 (2014年5月7日~10日)
イスタンブールには深夜に到着。この時間から宿を探すのはちょっと危険なので、空港で夜を明かすことにした。
(荷物受け取り場にいくと、自転車が無造作に床置されていた・・・。かわいそうな自転車)
(右:荷物をつけるキャリアを固定しているネジを6000kmぶりに新品に交換。写真のように2mmほど伸びていた。)
ベンチで時間を潰すこと6時間。頃合いを見計らって、自転車を組み立てる。
そうそう『イスタンブールのトルコ人は信用出来ない。』とガイドブックに書いてあったが、まさにその通り。
到着早々、カートを使う際に彩が1ユーロを1トルコリラ硬貨にすり替えられてしまった。3倍の価値の差があるのに。
思うに、短期的には私腹を肥やすことができるけど、そういった悪い心象を与えることで、長期的にはイスタンブールの観光客が警戒してしまって、悪影響を及ぼすことになると思う。といったようなことに思い至らないトルコ人はまだやはり未熟だ。(と愚痴をこぼすことでやり場のない怒りを紛らわすことにする)
イスタンブールは7年前の2007年に一度訪れたことがある。その時もアタチュルク空港から市街へと向かった。
前回と同じルート、海岸沿いを走ってイスタンブール市街を目指す。
交通量は多いけれど、海岸沿いにでればサイクリングロードや遊歩道もあって比較的走りやすい。
ガラタ橋のたもとに到着。楽しみにしていたサバサンドを探すもなかなか見当たらない。とうもろこしの屋台や焼き栗の屋台ばかりが目につく。
前回の旅で大好きだったサバサンドが食べられないことにショックを受けつつ、ガラタ橋を渡った瞬間、懐かしいサバサンドの匂いが!
急いで匂いの元に向かうと、一件だけサバサンドを売っているレストランを見つけた。自転車を止めしばし懐かしい味に舌鼓をうつ。
塩が効いた脂たっぷりのサバとレモン、旨いトルコパン(エキメッキ)との組み合わせはやっぱり最高。
かぶりつくと「ジュワッ」とサバの旨みが溢れる。
それほど好きなんですサバサンド・・・。
(どうやら、衛生上の問題で一度屋台はすべて退去させられていたらしい。)
(愛するサバサンド。昔のほうがボリュームがあったなぁ。ちょっと残念。彩はお腹が痛かったみたい。)
ツリー・オブ・ライフの閉鎖
さて、前回の滞在ではイスタンブールの日本人宿ツリー・オブ・ライフに泊まったのだけれど、つい昨年諸事情により閉鎖されてしまったため、今回は新市街に宿を取った。クスコやラパス、ビーニャ・デル・マル、バルセロナやアヌシー、今までに滞在した町と同じように、この町も”坂の町”急坂を登ってようやく宿に到着。荷物を整理するのもほどほどに楽しみにしていたロカンタ巡りをする。
楽しみにしていた選び放題のトルコ料理
ロカンタは、今までトルコ料理がずら~っと並んでいて好きなモノを選んで食べられるシステムの食堂、というようなイメージだったのだけど、一般的な意味での食堂を指す言葉らしく、宿のお姉さんに「ロカンタはありますか?」なんて質問したら、「その辺全部ロカンタだよ。」なんてことを言われてしまった。
しかたなく、新市街のメインストリートを少し歩き、ちょっと高いけどもイメージ通りのロカンタを見つける。
トルコ料理が10種類ほどずら~っと並び、好きなモノを選んで食べる。メインストリートに近いのでちょっと高いけども、お腹いっぱい食べて二人で1000円ほど。イスタンブール滞在中は良く利用させてもらった。
(好きな料理をチョイスできるトルコの食堂(ロカンタ)。これが楽しみでトルコに来ました。)
トルコ料理はトマトやオリーブオイルをたっぷり使う世界三大料理の一つ。トルコ料理は、それぞれの素材同士のマッチングが素晴らしいなといつも思う。トマトやナス、羊肉、牛肉、ピーマンなどが主に使われるのだけど、それぞれが程よく馴染んで味がまとまっている。
世界三大料理の中に日本料理を入れろ!と今まで自転車に乗りながらなんども思っていたけど、トルコ料理がそう言われるのもわかるような気がする。
夕暮れのブルーモスク
イスタンブールの主な見どころ、ブルーモスクやアヤソフィアは前回の滞在で一度行ったことがある。だけど、ぜひ彩にも見てもらおうと旧市街まで足を伸ばしてみた。彩は、こういう歴史的な建造物にはあまり興味がないようで、むしろ中央バザールの活気のほうが好きだったみたい。ブルーモスクは現役のモスク。当然ムスリムの掟を守る必要がある。入るとき、ヒジャブをかぶらなければならないのだけど、手元にちょうど良い布がなかったので、手ぬぐいを巻きつけて恐る恐る入場する。広大なモスク内はすべて絨毯がひかれていて、ムスリムが膝をついてアッラーに祈りを捧げている。僕達もしばし座って雰囲気を味わった。彩はこの絨毯のすわり心地が印象に残ったみたい。
苦戦!ビザ取り
イスタンブールでは、中央アジアのビザ、特にウズベキスタンとタジキスタンのビザを取る予定だった。
到着翌日、早速ウズベキスタン領事館に地下鉄とバスで向かう。前日深夜までかかって作った申請書を持っていたのだけど、ウズベキスタン大使館にはられていた張り紙には臨時休業の文字。次の火曜日(6日後)まで業務は行わないとのことで、撤退。
続いて、タジキスタン領事館に向かってみる。金曜の午前中についたにも関わらず、今日はやってないと門前払いをされてしまった。うーん、タジキスタンビザはイスタンブールが簡単という情報を得ていたのだけど、残念。
>ビザ情報は追って別の記事にまとめます。
ハマムを初体験
泊まったホテル、AGA HAMAM HOSTELはその名の通り、元々ハマムであって、余っている部屋に旅人を泊めるような宿だった。自転車を置く場所(別の場所にある倉庫、ハマムのボイラーの燃料を保管している場所)もあり。キッチンも広いし、シャワーもまあまあ。せっかくなのでトルコ・ハマム(蒸し風呂)を体験してみることにした。
中に入ると、真ん中に大きなタイル貼りの台があって、まずそこに寝るように言われる。この台はかなり温かく、じわじわ汗をかいていく。汗をしっかりかいたあと、トルコ人のおじさんが垢すりとともに現れて、体を強力にゴシゴシ・・・。いや~気持ちよかったです。はい。
一緒にハマムに入ったサウジアラビア人3人、とても響くハマム内でお腹をパチパチと叩いて大合唱。もう彩とぼくの二人はおかしくておかしくて大爆笑していました。ハマムのいい思い出(笑)
(お腹をパチパチ叩いて大合唱してたサウジアラビア人。何の仕事?と聞くと予想通り「オイルカンパニーだ」とのこと。わお!)
チャリダーとの交流
泊まった宿にはたまたまヨーロッパをこれから旅するという大学生のチャリダーと一緒になった。いろいろ情報を教えてあげたのだけど、参考になったかな…。
また別に、ACMLメンバーの伊藤あつしさんともお会いすることができた。あつしさんは、すでに3年半ほど自転車旅行を続けていて、総走行距離はなんと4万5000kmを越えるほど。ひさびさのディープなチャリダートークがとても楽しかった。
これから先、時期的な問題でインドに入る9月まで日程に一切余裕がない。
イスタンブールもわずか4泊で出発することになってしまった。もうちょっと夕暮れのブルーモスクでアザーンを聞いてチャイでも楽しみたかったのだけど…。
トルコ自転車旅行開始!(2014年5月11日)
朝起きて、イスタンブール港からブルサという町にフェリーで向かう。
イスタンブールに限らず、大都市の自転車走行は本当に面倒くさい。交通量が多く、特に発展途上国では歩車分離が徹底されていないため、どっちつかずの自転車はいつも危険な目にある。僕一人なら力技で車道を縫って走って行くこともできると思うけど、彩がいるのでそうもいかない。安全第一で走って行くと、お互い精神的に疲れきってしまうのだ。
そんなこんなで、大都市走行はできれば避けたいところ。イスタンブールもアジア側の隘路を通ることを避け、マルマラ海を渡って対岸のブルサに向かうことにした。そちらのほうが交通量が少しマシだと思う。
10時の高速船に乗り込む。フェリー乗り場には金属探知機が設置されていた。おそらくクルド人の武装勢力、テロを警戒してのことだと思うけど、僕らも含めて出港間近に乗り込んだ乗客は一切チェックされなかった。高速船はわずか1時間30分ほどでブルサ郊外の港へ到着。そこから30kmほど走ってブルサの町に向かう。
ブルサの町は予想以上に大きく、市街地に入ってから宿につくまでに結局1時間半くらいかかってしまった。町中にはトラムが走り、ビルも立っている。地球の歩き方にも載っていて、どうやらハマム(トルコ風呂)で有名らしい。
宿は歩き方に書いてあった最安のGunesという宿。おばさん、おじさんとも大変やさしく、いい宿だった。
(ブルサへの道を教えてくれたおじさん。後部座席には趣味の模型飛行機が。やっぱり都市部を出るとトルコ人の優しさに触れることが多い気がする。)
彩が発熱・・・ (2014年5月12日)
朝起きると、彩が「ぼーっとする」と言っている。
熱を測ってみると、38.0℃!あちゃー完全に風邪だ。出発は延期して、一日休養をとる。
特にやることもないので、一人でブルサの町を散歩したり、宿でWEBサイトの更新をしたりした。
彩はなかなか熱を出さないのだけど、やっぱり体あっての旅。無理は禁物です、はい。
(トルコのスーパーは、お米の種類が豊富。こんなに豊富なのはチリ以来。日本人には嬉しい国。)
↓ワンクリックの応援よろしくお願いします。↓