あっという間のウズベキスタン

2007年に一度訪れたことがあるウズベキスタン。でも前回はブハラには寄らなかった。サマルカンドとブハラを天秤にかけて、「う~ん」と悩んだ結果、サマルカンド(とヒヴァ)だけ滞在した2007年。今回は逆にブハラにのみ滞在することにした。

さてそのブハラ。宿は日本人が多く泊まるというMadina&llyos B&B 一泊10ドルだ。
町の雰囲気も意外によく、なんとなく長く滞在してしまいそうになったけど、そこは我慢。タジキスタンへ急ぐことにする。
世界遺産となっている旧市街のモスクやマドラサ、あるいは廟はさすが世界遺産だけあって、立派なもの。サマルカンドやヒヴァにも劣らないように思う。相変わらずスーパーの貧弱さには辟易するけど、ここは中央アジア。仕方がない。

ブハラでは、自転車のメンテナンスをし、ブログを更新し、宿にこもったまま丸々2日間を過ごした。

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(写真左:この旅初めてのスポーク折れ)

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(泊まっていた宿の中庭風景)


ウズベキスタンを走った6日間
ウズベキスタン国内の走行は、前回2007年の時に500kmほど。キルギス国境から首都のタシケントまで、フェルガナ盆地と呼ばれる地域を走った。あまり鮮明な記憶が残っていないのだけど、のどかな畑が広がり、途中にある村では家々にブドウがなり、交通量の少ない田舎道をのんびり走ったような気がする。

今回はブハラからタジキスタン国境までの545kmを走る。トルクメニスタン国内とは違って南東へ進む。風は北風のままだから、追い風だ。多少標高は上がっているようだけど、スイスイと進んでいく。

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(US50ドル紙幣1枚を両替すると、この通り。札束になって帰ってきます。)

ウズベキスタンで困るのは何と言っても宿。観光地以外の宿はどこも20ドル以上する。それにレギストラーツィアという旧ソ連の制度の名残がまだあって、外国人は必ずこの外国人登録をしなくてはいけない。言い方を変えれば、キャンプや民泊はできない。ということだ。
ただ、今現在、国境でこのレギストラーツィアがチェックされることはかなり少なく、タシケントへ行かない限り、そこまで神経質になる必要もなさそう。僕たちは一応念のためこのレギストラーツィアを集めながら(つまり正規の宿に泊まりながら)ウズベキスタン国内を走った。

ウズベキスタンもトルクメニスタンやアゼルバイジャンと概ね変わらない。道端で大量のスイカやメロンが売っていて、町の作りはどこかソ連風。ただ、一応中央アジア内では発展している国らしく、舗装はほぼ完璧だった。

外国製品に高い関税を課しているため、コーラなど海外の製品は軒並み日本以上の金額がする。
逆に自国産のジュースは安いのだけど、とにかく着色料を使い、人工甘味料で味付けをしているケミカルドリンクのため、かなり不味い。結局一番美味しいのは水かビールということになってしまう。ウズベキスタンではよく炭酸水を飲んだ。暑い時に飲む冷えた炭酸水はコーラに匹敵するほど美味しい。彩はコーラよりもこっちのほうがいいと、よく飲んでいた。

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(写真下左:イランやコーカサス、中央アジアでよく見かける光景。同じ商品を同じ場所で複数の店が売っている。まったく非効率な謎の販売風景・・・)


ウズベキスタンの人々
子供たちは、気さくに話しかけてくれる。大人も英語を話せる人はほとんどいないので、よくわからないロシア語でよくわからない会話をする。ロシア語も2007年に覚えたもの。といっても、知ってる単語は両手の指ほどしかない。
それでも「どこに行くのか。どこから来たのか。出身はどこか。」なんて簡単なコミュニケーションは成立する。
ウズベキスタンの男性も女性も、あるいは子供も、親切。ただ、アゼルバイジャンと同じく、「興味のあるものから目を離すことができない」ようで、いつもじっと見つめられる。どうやらこれはテュルク民族特有の現象のようだ。(イランではそういうことはなかった。)

そういえば一度、英語の教師をしているという男性に会ったことがあった。ホテルを探していると、どこからともなく現れ、値段交渉や両替などでいろいろ世話を焼いてくれた。どうもそのホテルのすぐ目の前に教室があったらしく、僕を両替場所に連れて行ってくれている間、授業は中断。迷惑をかけてしまった。

あるチャイハナであったウズベキスタン人も、庭になっているブドウをくれたりと、基本的にはとても親切な民族だと思う。

途中、チャイハナによると、子供たちが目の前の川で水遊びをしていた。大人たちが見張っているわけでもなく、子供たちが泥で茶色になった川で楽しそうに泳いでいる。日本では(水の綺麗さはあるにしても)子供たちが自由に郷里の川で遊ぶ、なんていう光景を少なくとも都会の子供たちは想像すらできないんじゃないだろうかと思ってしまう。(残すべきことは残したほうが良いと思う。)

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(写真下左:どの村にも自転車に乗った子供たちがいる。彼らはかなり面倒くさい。僕らを抜かしては戻ってきて、また抜かして、という作業を村を出てもしばらく繰り返す。要は”かまってほしい”のだと思うけど・・・)


国境の町デノブ
6日間走って、最終日。ようやくタジキスタンへ入国する日。
国境の町デノブにはあまりいい思い出がない。

どこの国でも、国境の町は雑然としているものだけど、ウズベキスタンも例にもれず雑然とした雰囲気で、たしかにマーケットなどは栄えているけど、前後左右から無数の嘲笑や奇声が聞こえてくるので、ちょっと疲れてしまう。
何度体験しても、国境の町を自転車で走るのは苦手だ…。(大抵迂回路がないので、メインストリートを通ると街中の視線を浴びてしまう。)

ウズベキスタンとタジキスタンの国境は思っていたよりもまともな対応だった。
厳しいと言われていた関税申告書もさらっと受け取ってくれたし、レギストラーツィアのチェックもなかった。
ただ、かばんの中身は全部X線のチェックを受けたし、いくつかのバッグは開封を指示された。特に薬を持っていた彩は、女性の係官から「この薬はなんだ?」と厳しく質問されていた。(とはいうものの、日本語で説明のかかれた薬はすべてスルーで、主に海外で入手した(アルファベットの記載がある)薬が主なチェック対象だった。)

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(写真中左:生活排水でジュースを冷やすので不衛生なタジキスタン。写真中右:女の子は眉毛をつなげるのがおしゃれ。)

この日記は、2014年7月29日から8月3日までの出来事です。


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