不思議な国

アゼルバイジャン走行記(2014年6月14日~18日)

アゼルバイジャン人
今までの国民とは全く違うと感じたアゼルバイジャン人。

自転車を止めて少し大きめな商店に入ると、店員らしき男性が私についてまわってくる。ちょうどいいやと思い、「ペーパーはある?」とか聞いてみる…そしてレジに並ぶと、彼とおばちゃん、レジの男性、客が集まってきて、「自転車で来たの?どこへ向かうの?」「外にいるのは旦那か?」みたいなことを全員が金歯(大抵の大人は金歯)を見せながら聞いてくるのだ。あ〜ちょっと時間かかっちゃったなと思いながら、自転車の元に戻ると、ゆうと自転車は10人くらいの男性に囲まれていた!彼らは自転車やGPSに興味津々でさわったり、ゆうに質問している様子。ゆう「遅いよ!」私「いやいや、こっちも大変だったんだから」。町中で自転車を止めるといつもこんな目にあってしまうのだ。

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(町の至る所に大統領の写真が…)

大きな町に入ると、私たちが見える限りの全員が私たちの方をじっと見ている。道を聞こうものなら、話しかけた以外の人まで集まってくる。本当におもしろいほど集まってくる。彼らの仕事は何?何をやっているところなの?と聞きたくなってしまう。

すれ違う車はよく私たちの隣でスピードを落とし、車内の人の全員の視線がこっちに向いていたり、助手席の人が身を乗り出して私たちを振り返ってじっと見ていたり、時には何かを大声で叫んだり…結構疲れます。。

彼らは全くと言っていいほど英語ができない。8日間滞在して、まともに英会話した人は2人しかいなかった。その代わり、ほとんどがロシア語を話せるよう。「アゼルバイジャン語もロシア語もわからないんだ」というロシア語をなんとか覚えて彼らに伝えるも、お構いなしにどんどん何かしゃべってくる…ゆうと私は日に日にアゼルバイジャン人の執拗さに疲れてきて、「話したいなら英語を学んでこい!」なんて思ったり。でも、彼らは母国語、ロシア語の他トルコ語も理解する人が多い。ということは、日本人より圧倒的にマルチリンガルなんじゃ?けしてバカにはできない…

そんな反面、最近の教育では英語に力を入れているらしいことも垣間見えた。たまに自転車を乗り回して遊んでいる中学入り立てくらいの男の子たちが「ヘンロー、ヘンロー(hello)!」と叫びながら追いかけてくる。そして「Where are you from ?」「What ‘s your name ?」などと質問してくる。基本的な英語だけだけれど、彼らとの方が会話が成立する気がする。それに私たちを見るや「キタイ?」(中国人?)と投げかけてくる大人(嘲笑う人もいれば、そういう意味合いでなはなく言う人もいるが)より、よっぽど男の子たちの方が良識を持っているのでは??

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そんなアゼルバイジャン人の中にも親切な人々もいる。基本はイスラムの信者でトルコ人の顔をしている。チャイ文化があり、「チャイ、チャイ(を飲まないか)!」と道脇から叫んくるのもトルコとそっくり。

暑い中、自転車で走っていると、ハンドルにくっつけているドリンクボトルの中の水はぬるま湯になってしまうので、町に入って商店があると冷たい飲み物を買って飲んでいた。ある時、なかなか商店がなくて冷たいものがそろそろ飲みたいのにと思っていた矢先、車が私たちの脇で停車して、窓からひゅっとオレンジファンタを差し出してくれた。これは本当にありがたい。そんなことが2、3回あった。

それから一度、商店で水を1本買おうとしたらお金は受け取らなくて「どうぞ」というそぶりをしてくれた。商店ではまけてくれたり、おまけで追加をくれたりすることはあっても、ものをくれたのはどんな小さな買い物でも今のところこの一度だけ。

アゼルバイジャンの夜
アゼルバイジャン7泊8日間のうち、野営が5日間。私たちは宿があれば泊まってしまうほうなので、これは珍しいほう。というのも宿が圧倒的に少ないからなのだけど。

野営ポイントは道路に近いけれど、茂みで見つかりにくいところ、脇道に入って放牧地のようなところなど。それにしても、どこも暗くなりはじめると蚊が多くて大変!虫除けを塗ったり、蚊取り線香を焚いたものの、たくさん刺されてしまった…しかも、この辺りの蚊に刺された時は、思わず「イタッ!」と口に出てしまうほど肌に痛みを感じるのだった。

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(上:お昼は日陰を求めて。たまたま道脇に絶好のスペースがあり洗濯物も干したり。
右下:この中にテントを張りました。)

走行4日目は一番辛い日だった。しばらく走ると、道がだんだん悪くなり未舗装と舗装を繰り返し、しまいには50km近くは完璧な未舗装になってしまった…ぐんとスピードは落ちてしまう。それにだんだんと向かい風が強くなり、運転マナーも東に行くにつれて悪くなっていく気がした。それでも今晩は切りよく町についたので、宿に泊まれるかなと現地の人に「安いホテルは?」と聞いてみた。しかし、1つは人がいないし、他も場所がわからなくて結局町の外れの廃屋でテントを張ることに。アゼルバイジャンは宿が少なく、あっても高いので、私たちのような旅人には向かない国なのかも。

次の日はカスピ海沿いに出て、Lankaranを目的地とした。Dalga Restaurant & Hotel : ツインで30マナト(3,500円) と相変わらず高めどけれど、5日間走り続けたのでいいかと投宿。そして併設されているレストランではじめてアゼルバイジャン料理を食べてみた。といってもほとんどトルコ料理のようなものだけれど。ビールとワインも飲んだ。なにせイランに入ったらアルコールは摂取できないから。それから、このレストランの店員からW杯の日本の初戦が黒星であったことを教えてもらった。

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ゆうの希望もあって、ここでもう一泊して洗濯や連続走行の疲れをとることにした。部屋を出てすぐの中庭に東屋のようなのが並んでいたので、そこで自炊してご飯を食べたり。宿はキレイとはいえないけれど、部屋内にシャワー・トイレがあって広々としているのでそこそこ。でもここでもやっぱり蚊は多かった。


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